風俗壊乱

　風俗壊乱には一定の標準なし。いかなるものにしても見る人の心によりて風俗壊乱なりと言う者あり。なるほどごもっともの説。戸の節穴を見てすら変な気を起こす者あり。ソコデまず我輩の眼に映ずる風俗壊乱なるものを挙げれば左のごとしヨ。
男女の、裸体にて入浴するは、風俗壊乱なり。よろしく衣服を着し帯をも締めて入浴すべし。
　動物園の鴛鴦が仲むつまじげに遊泳するは、風俗壊乱なり。同園長たる者はその周囲（まわり）に板塀（かこい）をして、諸人の縦覧を禁ずべし。
　天狗の仮面を風呂敷に包んで持ち歩くは、風俗壊乱なり。よろしく箱に入れて携帯すべし。
　小娘の、割合に大きなお尻を振りたてて歩くは風俗壊乱なり。両親はよろしくその尻に鉋をかけて削るべし。
　八百屋の店先に稲荷山の名物を陳列して販売するは、風俗壊乱なり。密に売買すべし。
　小児が「おまん買うて」というは、風俗壊乱なり。親たる者、大いに叱責すべし。
　猫の恋する声は、風俗壊乱なり。造物主たるもの、その発生を禁止すべし。
　新婚旅行は、風俗壊乱なり。やむなくば当世流行の室内旅行に改むべし。
　男女一車に同乗してこれ見よがしに独身者を羨ませるは、風俗壊乱なり。政府は合乗車を厳禁すべし。
　芸妓の写真を販売するは、風俗壊乱なり。買いたい者は実物を買うべし。
　子安貝や赤貝を公然陳列して販売するは、風俗壊乱なり。よろしくこれを取り締まるべし。
　美人が裾をまくり上げて川端で洗濯するは、風俗壊乱なり。（久米仙人すら通力を失いしにあらずや）
　夜這星は、風俗壊乱なり。天界の内務大星たる者、よろしく取り締まるべし。

宮武武外骨『滑稽漫画館』（河出文庫）