親にとって娘は、いくら掌中の珠であっても「他人にとってはただのお多福」だと私は「写真コラム」に書いたことがある。古人はそれを知っていたから騒がなかったのである。われひと共に「まずはめでたい」と言ったのである。
川上宗薫氏は男たちはこの涙を恥ずべきものでなく、どこか許されるまたは美しいほうに属する涙だと心得違いしているのではないかと怪しんでいる。この涙には近親相姦の願いがひそんでいるから恥ずべきなのだと、「週刊新潮」で委曲を尽くしていた。結局こういう父親たちは女遊びが足りないから美しい涙だと誤解するのではないかと言っていた。卓見である。
山本夏彦「満座のなかで男が泣く」