『逝きし世の面影』
日本の肉体労働者のたくましいからだはしばしば観察者の歎賞の的となった。エ
ミール・ギメは人力と車力という典型的な肉体労働者の体格を次のように描写する。
人力車夫は「ほっそりと丈が高く、すらりとしていて、少ししまった上半身は、筋
骨たくましく格好のよい脚に支えられている」。荷車を曳く車力は「非常にたくま
しく、肉付きがよく、強壮で、肩は比較的広く、いつもむき出しの脚は、運動する
度に筋肉の波を浮き出させている」。ヒューブナーも日本人船頭の「たくましい男
性美」を賞揚し、「黄金時代のギリシャ彫刻を理解しようとするなら、夏に日本を
旅行する必要がある」という。彼によれば、ギリシャの彫刻家は裸で働く人びとを
日頃見つけていたので、あのような迫真的な表現が可能になったというのだが、日
本の肉体労働者もギリシャ彫刻になぞらえられては、いささか面映ゆかったろう。
もっとも彼は、日本人は足が短いのが欠点といい添えてはいるが。
だがヒューブナーだけではなく、明治十九年に来日した米人画家ラファージもま
た、日光への旅に傭った人力車夫の肉体から古代ギリシャを連想したのである。「
雨傘の下から、私は車夫たちの紡肉の動きを研究したり、時には素描を試みたりし
た。彼らはほとんどみな、腰のまわりのややこしい帯を除いて裸だった。芸術家に
とって懐しい古代の朧気な回想--脚と股とのきりっと締った筋肉、背中の波打つ
隆起--は職業上の研究熱をよみがえらせたし、またそれは画家への天恵と思われ
た。彼は車夫たちの「透明な汗の流れは赤銅色の裸体にニスをかけたよう」だと言
っている。