全然言葉はつうじないのにいっしょにいると、ある親近感を感じるんです、詩人
に。たとえば日本でまあ政治家なんかと話してるよりも、言葉の通じない詩人と
いっしょにいる方が、くつろげるみたいなことがある。で、そういうのって意識
の世界じゃなくて、もっと潜在意識というか意識下の、深層意識の方に働きかけ
てくるものだという気がして、なぜそう思うかというのは、僕、詩というのは意
識から生まれるものではなくて意識下から生まれるものだって思っているところ
があるんですね。つまり言語がないところまで降りていかないと詩の言語には到
達できない。そこで今までになかった言語っていうのが探せるっていうのかな。
だから、詩を書くときいつでも自分をできるだけからっぽにする。何もことばで
は考えないし何も意識しないで「待つ」みたいな、そういう態度をとるようにな
ってますね、今。だからそういう外国の詩人たちとか、外国に行って詩の場とい
うところに行くと、その場の持っている力というのをたぶん無意識に受け取って
いるんだろうなという気がしますけど。
谷川俊太郎「現代詩の冒険」(対談)松下たえ子編『言葉と力』(三省堂、20
02)p.121