八王子はむろん江戸ではない。
おなじ武蔵国ながら西のはしのいわば田舎町で、田舎町ながら町としては徳川江戸よりも古い。が、いまの東京によってほろぼされた江戸の人間文化のようなものが、かえって八王子に生きているともいえるかもしれない。
歴史的時間というものを一本のポールであるとして、それを横倒しにして地理的距離になる、という説がある。つまりそこにかつての歴史が生きているという説である。京都に例をとれば、京文化は、民家のつくりや風習といったそういう古いものが、市内よりもむしろ上賀茂や高尾、鞍馬、八瀬大原といったあたりに生きているようなものである。
まして八王子は単なる田舎町ではない。小身ながらも「八王子同心」といった幕臣の集団が住んでいたという点では、江戸という町のとびきり小さなヒナ型ともいえるわけであり、それが武蔵野辺境にあるがためにかえって江戸を愛する精神がつよいともいえる。
司馬遼太郎 「街道をゆく」