「明治以降の日本をいっさいみとめないという態度なのですよ」
それならわかる。物事を立証する上でもっとも便利な態度で、現実を頭ごなしに否定してしまえば評論というものはじつに鋭利になる。現実を全面的に否定しながら、否定する自己のみは肯定するわけだから、その陶酔はとびきり上等の酒をひとりひそかに飲んでひそかに酔うがごとく純粋な酔いを得られるにちがいない。私は詩というものがわからないが、詩を生む精神のある種の型は、そういうものにちがいない。それが詩にゆかず世界観へゆく場合には、強烈なイデオロギーになる。
司馬遼太郎 「街道をゆく」