2010年10月3日

永井荷風 「墨東綺譚」

閑散の生涯を利用して、震災後市井(しせい)の風俗を観察して自ら娯しみとしていた。翁と交わるものはその悠々たる様子を見て、郷里には資産があるものと思っていたが、昭和十年の春俄に世を去った時、その家には古書と甲冑と盆栽との外、一銭の蓄えもなかった事を知った。